
ブロックチェーン上で証券や資産をトークン化し、ステーブルコインで決済する。さらにAIエージェントがその金融レールを自律的に使いこなす。こうした未来図は、すでに各所で実装が始まりつつある。
MUIP Innovation Day 2026のセッションでは、米国でユニコーン企業へと成長したAlpacaDB Co-founder兼CPOの原田均氏と、ドル連動型ステーブルコインUSDCを発行するCircle Country Manager, Japanの榊原健太氏が登壇。モデレーターは三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP) の代表、鈴木伸武が務めた。トークン化証券、ステーブルコイン、そしてAIエージェントが交差する金融変革の最前線を、両者の議論から紐解く。
紙の証券からプライベートレッジャー(私的台帳)に移行した1970年代と同じインパクトがある

セッションの核心となったのは、トークン化証券(セキュリティトークン)がグローバル金融にもたらすインパクトについての議論だ。AlpacaDBは現在、米国株のトークン化市場において、裏付けとなる証券カストディの9割以上を担い、ディストリビューションや流動性供給のためのインフラ提供まで行っている。
原田氏はその歴史的意義について次のように語る。
米国の証券市場では、1970年代に紙の証券の受け渡しをやめ、中央管理された帳簿上で権利を記録・移転する方式に移行した。これが後のDTCCの前身となりましたが、現在起こっているオンチェーンへの移行は、それと同じぐらいのインパクトがあると思っていて、グローバルな資本市場にとって根本的な変革だと言われています(原田氏)。
グローバルなブロックチェーン上の同一セトルメントレイヤーに様々な資産が載り、世界中の投資家がリアルタイムにアクセスできるようになることで、従来の国境を越えた金融の障壁が解消される可能性がある。
トークン化の対象は株式に留まらない。原田氏によれば、UAEでは政府主導で不動産のトークン化が進められ、日本を含む各国で銀行預金のトークン化も検討されている。また、トルコでは電子手形のインフラが未整備なため、企業間の支払いに使われる小切手をトークン化する動きがあるという。さらに、トレジャーハンターが収集した骨董品をファンド化し、トークン化して流通させようとする事例まで紹介された。
トルコの銀行の預金をまずはトークン化して、それをトークン化されたUAEの不動産の購入に使います。そして、その不動産トークンを担保にTeslaの株トークンをロングで買い、Toyotaの株トークンとのロングショートのポジションを組むといったように、様々な国の異なるアセットの価値交換が、リアルタイムに同じレイヤーでできる世界が、遠くない将来に実現するのではないかと思っています(原田氏)。

こうしたトークン化の潮流に対し、榊原氏は金融機関との協業の可能性を強調する。
伝統的金融資産がトークン化されて、様々な金融サービスがブロックチェーンに置き換わるのではないでしょうか。そして銀行や金融機関がこういった新しい技術を使うか使わないかが、今後金融以外のプレイヤーに置き換わられるかどうかの分け目になるのではないでしょうか(榊原氏)。
海外ではG-SIBsと呼ばれる金融システム上重要な大手金融機関ですら、トークン化資産の活用を急速に進めているという。
ステーブルコインが担う「ハイブリッドレイヤー」——伝統金融とオンチェーン経済をつなぐ決済基盤

トークン化された資産の売買・決済を支える基盤として、ステーブルコインの役割が改めて注目された。Circleが発行するUSDCは規制に準拠したステーブルコインとしては世界最大で、発行残高は771億ドル、185カ国で利用され、32のブロックチェーンに対応している。2013年に創業した同社は2025年6月にニューヨーク証券取引所に上場を果たした。
榊原氏は、ステーブルコインの本質的な価値を「スピード、透明性、プログラマビリティの3つ」と整理した。具体的なユースケースとして、暗号資産やトークン化資産との取引に加え、企業向けのキャッシュマネジメントやトレジャリーマネジメント、国際送金での活用が進んでいる。Visaとの連携では、アクワイアラーとイシュアーの間のセトルメントをUSDCで行うことで、銀行の営業時間に縛られない決済を実現している。
大企業での利用を拡大するため、Circleは現在「Arc」という独自のブロックチェーンを構築中である。パブリックチェーン上ではガス代に利用されるネイティブトークンのボラティリティ、ファイナリティの遅延、データのプライバシーといった課題があり、企業利用のハードルとなっていた。Arcはこれらを解消するエンタープライズグレードのインフラとして設計されており、テストネットにはドイツ銀行やStandard Charteredに加え、日本からは住友商事、SBI、コインチェック、メルコインなどが参画している。
社会的意義の観点では、国連と連携してウクライナへの資金送金にUSDCが活用されている事例や、銀行口座を持たない「アンバンクト」なユーザーへの資金送達手段として機能している事例も紹介された。
榊原氏は「お金が使われるユースケースに業界は関係ない。我々がやろうとしていることは、お金をデジタル化して、それが使いやすいプラットフォームをいかに提供していくかということだ」と語り、Circleの立ち位置を「オンチェーン経済のオペレーティングシステム」と表現した。
AIエージェントが金融レールを走る時代——ブロックチェーンとの融合が生む新たなフロンティア

セッション終盤では、AIとブロックチェーン・ステーブルコインの融合について活発な議論が交わされた。原田氏は、APIがAIエージェント時代において重要性を増すと指摘する。
AIエージェントがツールを使う世界において、APIはますます重要なビルディングブロックになります。これまでソフトウェアエンジニアでなかった人たちも、エージェントと協力して新しいものを作れるようになっています(原田氏)。
Alpacaは2018年に米国で証券業のライセンスを取得し、APIベースの証券インフラを提供してきた。日本人共同創業者の原田氏と横川氏がシリコンバレーで立ち上げた同社は、2026年1月にシリーズDで1億5,000万ドル(約230億円)を調達し、企業評価額11.5億ドルのユニコーンへと成長。現在では40カ国・300社以上の金融機関に対してサービスを提供しており、1000万以上の証券口座を支えている。B2B2Cのエンドユーザーは、従来グローバル資産へのアクセスが難しかったトルコ、タイ、インドネシア、サウジアラビアなど新興市場、またミレニアル世代からZ世代の利用が多い。
具体例として、米国の大手テック企業のCEOが個人でAlpacaの証券口座を開設し、AIエージェントがマーケットインテリジェンスにどの程度インパクトを与えられるか自ら検証しているケースが紹介された。また、Ethereum上ではERC-8004というエージェントの認証・検証を可能にするプロトコルが登場しており、ブロックチェーンとAIが相互にサポートし合う動きが加速している。
原田氏はさらに踏み込んだ未来像を描いた。原田氏によれば、AI同士だけが入れるSNSがすでに存在し、エージェント同士が会話しているという。
AI同士がお金を支払って仕事を依頼するとき、その支払いは多分ステーブルコインになるでしょう(原田氏)。
榊原氏も同様の認識を示した。Circleでは実際に、AIエージェント同士が競い合い、審査員もAIが務めるハッカソンを開催。賞金3万USDCを人間が介在せずにやり取りする実験を行ったという。
伝統金融とトークン化資産の間でステーブルコインがハイブリッドレイヤーとして機能しているように、人間とAIの間でもステーブルコインが同様の役割を果たすようになるのではないでしょうか。ブロックチェーンとAIとステーブルコインがいろんなものを置き換えるという世界は、もしかすると結構近い未来の話かもしれないですね(榊原氏)。
トークン化によって世界中の資産がブロックチェーン上で流通し、ステーブルコインがその決済手段となり、AIエージェントがこれらを自律的に活用する。
セッションでは、この三つの技術の組み合わせが既存の金融インフラを置き換えていく具体的なプロセスが語られた。既存の金融機関がこの技術を取り込めるかどうかが、今後の競争力を分けることになるのではないだろうか。