Transformerの先にある未来――Llion Jones氏が金融機関に示す、AI進化の本質的課題と可能性【MUIP Innovation Day 2026】

2026.04.17

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2026年3月4日に開催された「MUIP Innovation Day 2026」において、Sakana AI Co-founder兼CTOのLlion Jones氏が登壇し、AIの現在地と未来について語った。モデレーターはMUIP Chief Investment Officerの佐野尚志が務め、Transformerの共同考案者であるLlion氏ならではの視点から、AI技術の進化、金融機関への示唆、そしてイノベーションを生み出す組織のあり方まで、幅広いテーマで議論が展開された。

AIトレンドはバブルではない

Sakana AI CTO Llion Jones氏

セッション冒頭、佐野は「AIはバブルなのか、それともブレイクスルーなのか」という問いを投げかける。CBInsightsのデータによれば、昨年のグローバルなスタートアップ投資全体の半分がAI関連に向かい、そのさらに半分がOpenAIやAnthropicなど6社に集中したという。こうした状況を踏まえれば、当然の疑問である。

これに対しLlion氏は、バブルという表現に異を唱える。

バブルという言葉は、簡単に弾けてすべての価値が消えるというイメージを想起させます。特に金融に関心のある方々には不安を感じさせる表現でしょう。しかし私は、風船のようなものだと考えています。風船も破裂することはありますが、そのためにはかなり無茶をしなければなりません。確かに今の風船は少し大きすぎるので調整は必要です。価値を失う先も出てくるでしょう。しかし、AIが実際に莫大な価値を生み出しているという事実を理解すれば、壊滅的な事態にはならないと思います(Llion氏)。

なぜ人々がバブルだと感じるのか。Llion氏によるとこうだ。

企業はAI製品を市場に投入する競争において、過度な約束をしてしまう傾向があるという。例えば自動ソフトウェアエンジニアとして登場したDevinは、当初主張していた機能を実際には実現できなかった。しかし今では、彼らが数年前に主張していたことを実現できるシステムが存在する。

この初めてAI技術を試した際の失望体験が、AI全体への懐疑につながっているが、技術の進歩は極めて速く、「毎月試してみないと、先月できなかったことが今月できるようになっているかどうかわからない」状況だという。

現在のAIが抱える2つの根本的課題

Llion氏は、現在のAIが依然として克服できていない2つの重要な課題を指摘した。

第一はデータ効率の問題である。

自動運転車を例に挙げ、カリフォルニアでは十分なデータを収集できたために運用可能になっているが、16歳の人間は「おそらく100万分の1のデータ量」で運転を習得できると述べる。

これはAI能力における巨大な穴です。ハイパースケーラーの登場で、インターネット全体をTransformerに通せば人間並みの知性に近づけるという感覚が広がり、人々はこの問題を気にしなくなりました。しかし人間は、それほどのデータを見なくても同等の知性を持てるのです。効率化の余地は非常に大きく、もっと多くの研究者がこの問題に取り組むべきです(Llion氏)。

第二の課題は汎化能力の限界である。カリフォルニアで運転できる自動運転車が、なぜパリでは運転できないのか。人間ならカリフォルニアで運転を学べば、世界中どこでも運転できる。この違いは金融機関にとっても重要な意味を持つ。

特定のクライアントや事業について、数百万のデータポイントがない場合があります。少量のデータで分析を行いたい場面もあるでしょう。もし100万倍のデータがあれば、生成AIは素晴らしい結果を出せます。しかしデータがなければ、それは障壁になります。データ効率と汎化能力が向上すれば、金融機関にとって大きな可能性が開けるでしょう(Llion氏)。

Post-Transformer研究と「計画されない偉大さ」

Llion氏がTransformerに代わる新しいアプローチの研究を公言したことは、AI研究界で大きな話題となっている。ただし、これは既存のTransformer研究を否定するものではない。

まず明確にしておきたいのは、私が突然Transformer反対派になったわけではないということです。Transformerに関する現在の研究からは、まだ莫大な価値が得られます。コーディングエージェントや自動ソフトウェアエンジニアリングの分野では、いまだに大きな進歩を目にしています(Llion氏)。

一方で、現在のAIには深刻な問題があり、それに取り組む研究者が十分ではないとLlion氏は懸念を示した。スケーリングを続けるだけで目標に到達できるという見方もあるが、「ブレイクスルーがあれば、はるかに効率的に到達できる」という。

Sakana AIがPost-Transformerの探索に用いているのは「Greatness Cannot Be Planned(偉大さは計画できない)」という哲学だ。興味深いものを見つけるためには、むしろ計画を持たないほうがよいという逆説的なアプローチである。

同社の代表的な研究成果である「Continuous Thought Machine(CTM)」は、この哲学から生まれた。

脳において同期が重要であることは知られていたので、それを現在のニューラルネットワークに追加しました。すると、興味深い特性が次々と現れたのです。例えば、非常にキャリブレーション(確率の自己評価)が適切であることがわかりました。通常のニューラルネットワークはキャリブレーションが不十分なのですが、CTMでは80%の確信度で猫だと判断した場合、実際に80%の確率で正解しているのです(Llion氏)。

目標に向かって直線的に進むよりも、興味深いことを追求する中で発見するほうが、実は容易だという。これはイノベーションの本質を示唆する重要な指摘である。

2029年のASI、その先のシンギュラリティ

AGI(汎用人工知能)についてLlion氏は独自の見解を示す。

定義を額面通りに受け取れば、大規模言語モデルが登場した時点で、すでにAGIは実現しているという。特定のタスクに限定されず、あらゆるタスクを試みることができるようになった時点で、狭い知能から汎用知能への移行が起きたからだ。

人々がAGIと言うとき、実際にはASI(人工超知能)を意味していると思います。ASIとは、すべての可能なタスクにおいて、地球上のどの人間よりも知的なAIのことです(Llion氏)。

未来予測の困難さについて、Llion氏は興味深いデータを示した。AIの訓練に使用される計算量は6カ月ごとに倍増しており、これは1970年代、80年代から一貫して続いている傾向なのだそうだ。

半年ごとに計算資源が倍増する成長が10年間続いた場合、指数計算上は約100万倍の計算能力に達することを意味する。

未来学者Ray Kurzweil氏は、人間レベルの知能(AGI)の到達を2029年、シンギュラリティを2045年と予測している。

現在の進歩のペースを日々目にしているLlion氏はこうした予測について「想像できる」と述べる。ドメイン専門家である自分自身が「1カ月前にはできなかったことが今できるようになっている」ことに継続的に驚かされている事実が、進歩の速さを物語っているという。

AIコーディングの劇的な進化

Llion氏は自身の体験談を通じて、AI技術の急速な進歩を具体的に説明した。会社設立当初、独自の機械学習フレームワークを開発しようとしたが、複雑すぎて断念せざるを得なかった。1年後、バイブコーディングが重要になってきたことを受けて再挑戦。Claudeが95%以上のコードを書き、数週間で実際に使えるものが完成した。

しかし、その過程でアーキテクチャをより良くする方法に気づき、再度やり直すことに。日本の連休を利用して取り組んだところ、週末が終わる頃には動作するプロトタイプが完成していた。

手作業で数カ月かかるものから始まり、数週間で実用的なものになり、今では週末でプロトタイプができる。この進歩は狂っています。1年前にソフトウェアエージェントについて講演した際、将来どのようなものになるか、どのように協働できるかを推測で語っていました。しかし今私のチームにとって、エージェントとの協働は完全に日常的なことなのです。座ってコードを書く10体のエージェントを起動し、使い手である人が、それらのエージェントをオーケストレーションするのです(Llion氏)。

Sakana AIの代表的な研究成果である「AI Scientist」についても議論が及ぶ。AIが自律的にエンドツーエンドでAI研究を行えるかという問いに対し、当初は実現できなかったが、次世代の大規模言語モデルを待つだけで突然可能になったという。

2年経った今では、あらゆるAI会議でAI生成の論文が投稿されるようになり、大きな問題になっています。レビュアーのほうも論文を読むのが面倒になって、AIに読ませてレビューさせている状態です(Llion氏)。

自動化科学は物理学や天文学の未解決問題、核融合の実用化、医療分野など、様々な領域で驚くべき成果をもたらす可能性があるとLlion氏は期待を示す。

イノベーションを生む組織環境

Transformerは複数の研究者が、計画されていない、予測不可能な、プレッシャーのない環境で発明されたことが知られている。AI時代のイノベーションを生み出す環境について、Llion氏は示唆に富む見解を述べた。

AIへの関心が高まり、多くの人材と資金が流入している今、イノベーションが増えると思うかもしれません。しかし実際には減少する可能性があります。投資家からの成果へのプレッシャーが増し、競争が激化することで、研究者はアイデアを急いで出さなければならないと感じるからです(Llion氏)。

Llion氏は「チームの5〜10%程度に自由を与える」ことを推奨する。大企業のマネージャーがそのような自由を与えることはリスクが高く難しいが、次のブレイクスルーは必然的にこうした長期的な賭けから生まれるという。

Sakana AIではTransformerを生み出した環境と同様に、多くの自由とプレッシャーの少なさを維持しているという。AI Scientistのアイデアも、経営陣からのトップダウンではなく、個人の研究者が「現時点で科学の自動化は可能か」という問いを、勇気を持って立てたことから始まった。

セッション終盤、AIが人間の介入なしにタスクを完了できる時代がいつ来るかという問いに対し、Llion氏は「すでにかなり近い」と答える。父親のためにスウェーデン語への翻訳を依頼した際、Claude Codeは20分でタスクを完了。その間、APIキーの問題に遭遇して自分で無料サービスを見つけ、多くのエラーメッセージを自力で修正していたという。

「2029年頃には、多くのタスクで人間の介入はごくわずかで済むようになるでしょう。この部屋にいる全員に、これらのアシスタントとの対話方法を今すぐ学び始めることを勧めます」とLlion氏は呼びかけた。さらに、よく言われるフレーズとして「AIそのものに仕事を奪われることはないかもしれない。しかし、AIを使っている人に仕事を奪われることはあるだろう」と紹介した。

Transformerの共同考案者として知られるLlion氏のセッションは、AI技術の最前線にいる研究者ならではの視座を参加者に提供した。

Transformerの先にある未来――Llion Jones氏が金融機関に示す、AI進化の本質的課題と可能性【MUIP Innovation Day 2026】