
三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下MUFG)とアフリカ発のモビリティファイナンス企業Mooveとの戦略的パートナーシップは、日本企業のオープンイノベーション進化の象徴となっている。SusHi Tech Tokyo 2025でのパネルディスカッションでは、MUFG代表取締役社長兼CEO亀澤宏規氏とMoove共同創業者ラディ・デラノ氏が、企業とスタートアップの真のシナジーがいかにして社会課題解決とビジネス成長の両立を実現するかを語った。
銀行サービスを受けられない人々への金融アクセス提供というMooveのミッションと、MUFGのグローバルネットワークや日本企業との橋渡し機能が融合した協業事例から、これからの日本発オープンイノベーションの可能性が見えてくる。
Mooveのビジネスモデルとデータ活用戦略

アフリカ発のモビリティファイナンス企業 Moove は、ライドシェアドライバーの金融的独立を支援する独自のビジネスモデルで急成長を遂げている。同社の共同CEO兼共同創業者であるラディ・デラノ(Ladi Delano)氏によれば、Moove は単なる企業名ではなく、社会的使命そのものを体現した名称だという。
私たちのフラッグシップ製品は『drive-to-own』で、これはドライバーのパフォーマンスに基づく収益ベースのファイナンシングです。現在、市場全体で約38,000台の車両を配備し、21億キロメートル以上の走行距離を生み出しています(ラディ氏)。
Moove のビジネスはナイジェリア・ラゴスではじまった。都市部では多くの人々がライドシェアドライバーとして働きたいと望んでいたが、銀行サービスを受けられない状況では車両購入のための資金調達が困難だった。この社会課題に対し、Moove は代替データを活用した新しい信用評価システムを開発。Uber などのライドヘイリングプラットフォーム(スマートフォンアプリなどを通じて、車での移動手段をオンデマンドで提供するサービス基盤)と連携し、Moove のビジネスモデルが成立する仕組みを構築した。
従来の金融機関では、信用履歴のない人々への融資は難しいとされてきた。しかしラディ氏のチームは、ライドヘイリングプラットフォームでのドライバーパフォーマンスを分析し、顧客評価やトリップ数、運転行動などの指標を活用した独自の信用スコアリングモデルを開発した。
ほとんどの顧客が従来の信用スコアを持っていないため、リスクを評価する新しい方法をゼロから構築する必要がありました。テレマティクス、車載カメラ、GPSを活用して車両の使用状況をリアルタイムで監視し、可視性、制御、リスクの積極的な管理を可能にしています(ラディ氏)。
このテクノロジー基盤により、Moove はデフォルト率を3%以下という驚異的な水準に抑えることに成功。銀行サービスを受けられなかった人々を信頼できる小規模ビジネスオーナーに変える道筋を示した。また、単に融資を実施するだけでなく、ドライバーにトレーニングやサポート、パフォーマンスベースのインセンティブも提供し、彼らの成功を総合的に支援している。
Moove は現在、Uber、BlackRock、MUFG、Mubadɑla などの機関投資家から資金調達を実現。特に日本の自動車メーカーであるスズキやトヨタとのパートナーシップも多数構築している。ラディ氏によれば、これらの関係は三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)との出会いがきっかけとなったものだという。
今後の展開について、Moove は二つの焦点を持っている。まず、有人ビジネスの拡大を続け、世界で100万台の車両配備を目指す。これにより、最も必要とされる市場で数百万の雇用を創出し、金融包摂と経済的移動性を大規模に推進する計画だ。次に、自動運転ビジネスでは、現在の500台から2028年までに10,000台以上への拡大を計画している。
私たちの目標は、都市の移動を変革し、交通費の削減やすべての人への移動アクセスの拡大など、重要な社会的課題に取り組むことです。規模と目的を組み合わせることで、移動がより効率的であるだけでなく、より公平で持続可能な未来を築いています(ラディ氏)。
MUFGとMooveの戦略的パートナーシップ

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が2022年に投資を決断したアフリカ発のスタートアップ Moove。この一見すると意外な組み合わせが、日本企業のオープンイノベーション戦略の進化を象徴する事例となっている。MUFG 代表取締役社長兼CEO 亀澤宏規氏は、アフリカ市場への投資判断の背景について次のように語る。
実際、私たちはアフリカにいくらかのプレゼンスを持っていますが、それは非常に限られたものです。アフリカの人口は14億人で、経済は成長しており、また多くの人々が銀行口座を持たない『アンバンクト』または『アンダーバンクト』と考えられています。そこには私たちがサポートできる大きな社会的問題があります(亀澤氏)。
パネルディスカッションのモデレーターを務める三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)代表取締役社長の鈴木伸武は冒頭、MUIP が MUFG の CVC ファンドとして単なる投資収益を超えた相乗効果の創出を重視していると説明した。そして、Moove への投資判断で最も重要だったのは、実際に現地を訪問し状況を直接確認することだったと語った。鈴木と、MUIPのチーフ・インベストメント・オフィサーの佐野は南アフリカを訪問し、Moove の経営陣と面会して現地でのオペレーションやドライバーたちの状況を直接視察した。そこでビジネスモデルとテクノロジー、そしてアフリカの社会問題を解決するという Moove のコミットメントに深く感銘を受けたという。
投資判断の重要な要素は、MUFG が持つグローバルネットワークを活かした日本企業との橋渡し機能だった。特に自動車メーカーとの連携は、両社に大きな付加価値を生み出している。
Moove はドライバーに自動車ローンを提供し、またそれをサポートするための素晴らしい技術を持っています。私たちは Moove と自動車メーカーの顧客の間を仲介し、自動車メーカーから Moove への良いサポートを提供する機会があると思います。それが私たちが彼らと協力する動機です(亀澤氏)。
ラディ氏は、MUFG との協業により実現したスズキ自動車とのパートナーシップについて、「今まで作ることができた最高で最も強力なパートナーシップの一つ」と評価する。アフリカのスタートアップが日本の大手自動車メーカーとグローバル取引を交渉することは通常なら困難だが、MUFG の仲介によって実現した。
あなた方の助けとサポートのおかげで、私はスズキの浜松を訪れてチームに会う素晴らしい機会を得ました。そしてそれはスズキとのグローバルパートナーシップに発展し、アフリカだけでなくインドでも何千台もの車両がスズキから購入され、道路に配備されました。そのパートナーシップの結果として、今日私たちはインドでは100%スズキの車両のみで事業を運営し、また、ナイジェリア、南アフリカ、ガーナでも保有車両は100%スズキの車両となっています(ラディ氏)。
日本企業との協業において、ラディ氏は文化的な学びもあったという。アメリカ企業との協業とは異なり、日本企業との関係構築では「スピードよりも忍耐」が美徳であることや、「取引よりも関係性」が重視されることを学んだ。
ビジネスパートナーとの関係を構築するために時間をかけなければなりません。相手にあなたのビジネス、機会、戦略について教育するために本当に時間をかけるのです。特に日本では、私たちが構築した関係において、ビジネスは取引よりも関係性が重要であることがわかりました(ラディ氏)。
AIとテクノロジーがもたらすモビリティビジネスの未来

パネルディスカッションの後半では、モデレーターの鈴木がラディ氏に AI への取り組みについて質問を投げかけた。Moove の AI 戦略は約18ヶ月前に始まったが、その発端は自動運転車両プロジェクトだったという。
自動運転車両のバリューチェーンを見ると、技術を開発している自動運転企業、AV対応車両を製造している OEM(自動車メーカー)、そしてライドヘイリングプラットフォームの Uber、Grab、Lyft などがありますが、車両を所有したり、運営するという領域には適切なプレーヤーがいませんでした(ラディ氏)。
こういった状況下で、Moove はこの空白を埋めるべく、Waymo とのパートナーシップを通じて自社フリート内での自動運転車両の運用を開始。現在、すでに自動運転車両を保有・運営している。
重要な転機となったのは、自動運転車両が「物理的なAI」であるという認識だった。Moove は突如として AI 資産を運営する企業へと変貌し、それをきっかけにビジネス全体でのAI活用戦略を再考することになった。
最初にしなければならなかったことの一つは、AIによって有効化されたプラットフォームではなく、AIファーストのプラットフォームになるためのマインドセットを変えることでした。その領域では、ビジネス内でAIが大きな影響を持つ約6つの主要な項目や領域を見つけました(ラディ氏)。
ラディ氏によれば、AI の活用領域は以下の6つに分類される。まず「フリート運用」では、AI を活用して最も効率的な車両運用のタイミングと方法を最適化する。次に「ドライバー管理」では、チャットボットやAIエージェントを導入してカスタマーサービスのコスト削減を実現。「金融サービス」では請求書の照合やローン業務の効率化を図り、「支払いと回収」でもAIを活用している。
また「バックオフィスと運用」は特に重要な領域だという。デラノ氏は組織構造全体をAIファーストの観点から再設計する必要性を感じ、従来とは全く異なる組織構造の構築に取り組んでいる。最後に、多くの企業がAIファーストについて注目している領域として、「データの収集・分析・活用」がある。
全体として、AIはダウンタイムを減らし、デフォルト率を改善し、ビジネス全体の生産性を向上させるのに役立ったと私たちは発見しました(ラディ氏)。
こうした包括的なAI戦略によって、Moove は自社ビジネスモデルを根本から変革しつつある。特に自動運転ビジネスの急速な成長戦略の根底には、都市部の移動に関する社会課題解決という明確なビジョンがある。
オープンイノベーションで日本の未来を切り拓く実践的アプローチ

パネルディスカッションの締めくくりとして、モデレーターの鈴木は、スタートアップと企業が協業を成功させるための実践的アドバイスについて両パネリストに質問を投げかけた。そこには、日本企業のオープンイノベーション推進のための具体的な示唆が含まれていた。
亀澤氏は企業側の課題として「マインドセット」と「スピード」の2つを強調した。
過去5年間で、私たちは文化的変革を通じてマインドセットを絶対的に変えました。従って、スタートアップとの協力は、私たちの従業員間でのこの進化を基本的に加速させたと思います。我々は、スタートアップからパートナーとして選ばれる必要があります。そのためには、スタートアップのスピードに追いつくことが不可欠です(亀澤氏)。
この点については、Moove と MUFG の協業事例が好例となっている。亀澤氏は当初、Moove の成長にもう少し時間がかかると予想していたが、実際には予想をはるかに上回るスピードで進展し、わずか6ヶ月ほどで大きな成果が見られたという。この経験から、企業側もスタートアップのスピード感に合わせる必要性を学んだのだ。
MUFGは日本で最大の金融機関であり、またアジアや欧米など海外にもネットワークを有しています。しかし、例えばMooveのお客様であるアフリカや南米のドライバーのご支援を直接することや、それら新興国でのMUFGの大企業のお客様のビジネスの課題を単独で解決することは難しいと思います。そこで、本日ラディさんからお話があったように、MUFGの有する金融機関としての知見、資金力、そしてネットワークと、スタートアップの革新性や技術を組み合わせることで、それぞれ単独では成しえなかった新たな価値提供を世界中で実現したいと考えています。MUFGのパーパス「世界が進むチカラになる。」を、スタートアップと共に実践していきたいです(亀澤氏)。
一方、ラディ氏はスタートアップ側の視点から、日本企業との関係構築における3つの重要な学びを共有した。
第一に、日本企業とのパートナーシップは時間がかかるが長期的には収益に直結すること。
第二に、資本や財務面以外の戦略的価値創出に焦点を当てることがビジネス改善に繋がること。
第三に、スタートアップは投資家選びで資本額だけでなく付加価値も重視しており、日本企業はその点で強みを持つということだ。
これらの学びは当社の事業展開を根本から変え、グローバル展開を加速させました(ラディ氏)。
日本の大企業とグローバルスタートアップが互いの強みを活かし、共に成長しながら社会課題解決に取り組むこの新しいオープンイノベーションの形は、互いの文化や組織のあり方そのものを変革する触媒となっている。MUFG と Moove の事例は、既存の枠組みを超えた新たな価値創造と、銀行サービスを受けられない人々への金融アクセス提供や持続可能なモビリティの実現といった社会的使命の両立が可能であることを示している。