今年7月に開催された「Gate to India & Africa」で実施されたパネルディスカッション「フィンテック黄金時代!インド・ナイジェリア市場のリアル」では、2020年に米 Stripe から2億ドルで買収されたナイジェリア発決済プラットフォーム Paystack(ペイスタック)の共同創業者 Shola Akinlade(アキンラデ・ショーラ)氏が初来日を果たした。
このパネルディスカッションには、三井住友銀行アジア・大洋州戦略統括部アジアイノベーションセンター長のMayoran Rajendra (ラジェーンドラ・マラヨン)氏、三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP) Chief Investment Officer の佐野尚志氏が登壇。モデレーターは、Paystack社の初期からの出資者であるSGgrowのDirector の眞下弘和氏が務めた。
総額約800億円のファンドを運用する MUIP 、シンガポールからアジア太平洋地域のデジタル戦略をリードするRajendra氏とともに、グローバルサウス市場の実情を議論した。
Stripe×Paystack 2億ドル買収から紐解く、急成長するアフリカの決済インフラ市場
Patrick(Stripe CEO の Patrick Collison氏)とランチで会った後、彼が WhatsApp で『我々のPaystackへの投資に興味がありますか』とメッセージを送ってきました(Akinlade氏)。
2020年、世界を驚かせた Stripe による2億ドル買収。その舞台裏を、Paystack 共同創業者兼 CEO のAkinlade氏が今月の初来日で明かした。
Paystack。オンライン/オフライン決済を事業者向けに提供するナイジェリア発のフィンテック企業だ。2015年に Shola Akinlade氏と Ezra Olubi氏が創業し、2016年には Y Combinator に採択されたナイジェリア初のスタートアップとなった。
Akinlade氏はナイジェリア出身のソフトウェアエンジニアで、現在では50社以上のナイジェリア企業が同プログラムに参加しており、エコシステムの成長を物語っている。
しかし、当初は資金調達に苦労したという。人々がアフリカ市場を理解していなかったため、アフリカに深く精通した投資家を見つける必要があったからだ。故に、米国にY Combinator のアクセレレーションプログラムに参加したりして外国投資家への訴求を試みた。モデレーターのSGgrowの眞下氏は、Akinlade氏と意気投合し初期の投資家となり、時を経て今回のPaystack社の来日まで実現したとの事。
Akinlade氏が語る数字は、なかなか日本国内では想像のつかないものばかりだ。
2022年には Paystack の取引でカード決済が54%を占めていましたが、2023年末には25%まで低下しました。一方で、銀行振込やモバイルマネーなど現地決済手段の利用が急増しています。ケニアやガーナでは約90%以上の取引がモバイルマネーになったんです(Akinlade氏)。
わずか4年で、アフリカの決済インフラは完全に「現地化」したという。欧米式のクレジットカード決済から、現地のニーズに合わせたモバイルマネーや銀行振込へと劇的にシフトしたのだ。
この変化と並行して、グローバル企業のアフリカ進出も加速している。同氏によれば、今年の Paystack の最大顧客を見ると、現地企業とグローバル企業がバランスよく混在している。Timo や Canva 、Duolingo などの企業がアフリカに進出し、アフリカに実際に多くの消費者がいることに気づいているのだ。
さらに注目すべきは、フィンテック企業の銀行超えだ。ナイジェリアでインスタント決済の上位5社を見ると、3社がフィンテック、2社が銀行となっている。より多くの人がフィンテックを利用するようになっており、現在 Paystack はナイジェリアのオンライン決済の半数超を処理している。
日本の金融機関が見る「グローバルサウス」
セッションで示された、主催者であるSGgrowとUncovered Fundの合作資料上の市場データによると、インドのフィンテック・スタートアップは 2014〜2024 年第 3 四半期までに累計約 290 億ドルを調達しており、インド国内スタートアップ投資総額(約 1,510 億ドル)の 19% を占める。
インドのフィンテック・ユニコーン企業は26社、UPI (統一決済インターフェース)のアクティブユーザー数は4億5000万人を数える。
このインド市場ではデジタル・パブリック・インフラストラクチャーが成長を支えている。Rajendra氏によれば、インドのフィンテック市場を語る際、このデジタル・パブリック・インフラストラクチャーを無視することはできないという。
UPI もその一つだが、それ以前に全国民の身分証明システムから始まり、現在では多くの公共インフラがデジタル化されている。創業者、ベンチャーキャピタル、政府、企業の協力により、このエコシステムは非常に革新的で成熟したものとなった。
一方、ナイジェリアでは人口約2億人のうち凡そ8割の成人が銀行口座を持たず、クレジットカードの普及率も低い。このような現状があるが、それでも、インターネット利用者数は世界7位という独特の環境が形成されているという。
日本の金融機関は、この急成長市場をどう見るのか。
三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP) の思考プロセスには「地域軸と技術軸」という2つの異なる軸がある。MUIP として地域軸では4年前からインドに投資を開始し、現在はグループとしてインド専用のグロースファンドを約450億円規模で運用している。アフリカでも2022年にナイジェリアの Moove への出資を発表し、着実に現地での足場を築いてきた。
一方の三井住友銀行では、「incountry for country」という戦略を採用している。各国には多くの微妙な違いがあるため、顧客やバリューチェーンにサービスを提供するために、できるだけ多くの、あるいは異なる フィンテック パートナーと接続する API ゲートウェイを構築しているという。
特に注目しているのは、産業バリューチェーンにおけるイノベーションだ。大企業は一方で製造業やサプライチェーンを持ち、他方で販売代理店や小売業者を抱えている。
ディーラーや販売代理店がデジタルプラットフォームに接続されることで、大企業からの商品発送、注文書、請求書、支払いがすべてデジタルプラットフォーム上で連携される。これにより、ディーラーや販売代理店が資金調達を受ける機会が増える、というワケだ。
さて、今後3年間の展望について、Akinlade氏はクロスボーダー決済とステーブルコインに大きな期待を寄せていると語っていた。
歴史的に、グローバルな銀行はアフリカで銀行業務を行いません。しかし、ステーブルコインがこれを変えるでしょう。USDC を保有できるようになれば、米国のすべての銀行にアクセスできるようになります。東京の開発者が実際にナイジェリアの人々に製品を販売し、支払いを受け取り、円で入金を受けることができるようになります(Akinlade氏)。
Stripe 買収後、Paystack は10倍の規模に成長し、買収前の予測を大きく上回る成果を達成した。アフリカには世界人口の17%程度が住んでいるが、デジタル決済はわずか2%に過ぎない。
この巨大なギャップこそが、次の成長機会を示している。日本の金融機関にとって、この波に乗るか見過ごすかは、今後10年の競争力を左右する重要な分岐点となるだろう。