
シンガポール発の「Endowus(エンダウアス)」が、アジア最大の独立系デジタル資産運用プラットフォームへと成長を遂げている。運用資産残高は100億米ドル(約1兆5000億円)を突破し、顧客に10億ドル以上のリターンを創出。三菱 UFJ イノベーション・パートナーズ(MUIP)も出資する同社の共同創業者 兼 会長 兼 グループ CIO、Samuel Rhee氏に、創業の経緯から日本市場への展望までを聞いた。
「自分たちが使いたいサービス」から始まった創業
Endowus は2017年、Sam氏と共同創業者 兼 CEO の Gregory Van(以下、Greg)氏によってシンガポールで設立された。Rhee 氏はモルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメント・アジアの元 CEO 兼 CIO として約20年の機関投資家向け運用経験を持ち、この業界で通算30年以上の経験がある。Greg氏は UBS の投資銀行部門でプライベート・ファンド・グループに所属していた。
創業の出発点は、フラストレーションでした。シンガポールや香港、アジア全域でウェルスマネジメントのやり方には多くの問題がありました。機関投資家向けの仕事をしてきた私たちは、より良い投資方法を知っていましたが、既存のサービスプロバイダーは私たちが求める商品へのアクセスも、必要なアドバイスも提供してくれませんでした。更に、コストが高すぎるという問題意識もありました(Sam氏)。
成功するウェルスマネジメントビジネスの基盤は、アドバイス、アクセス、コストの3つに集約されると Sam氏は語る。同社が特に注目したのは、シンガポールの公的年金制度である CPF(中央積立基金)を活用した投資機会だった。CPF では年金資産の相当額を金融市場に投資できるが、当時これをデジタル化して質の高いアドバイスを提供する事業者は存在しなかった。
「私たちは自分たちが使いたいサービスを作りました。その後入社した社員の多くも、実はもともと顧客として Endowus を使っていた人たちです。自分自身がユーザーだからこそ、事業機会が明確に見える。それが最も強い原動力になっています」(Sam氏)。
機関投資家レベルのサービスを個人に

同社のプラットフォームは、事前構築されたポートフォリオによるコアアドバイザリーサービスから始まった。エビデンスに基づくシステマティックな投資、機関投資家向けの投資フレームワークを個人向けに展開するというアプローチだ。債券主導型・ゴールベースの投資、戦略的資産配分、グローバル分散投資といった概念は、当時シンガポールや香港ではあまり一般的ではなかった。そのため、投資家になぜこの方法で投資する必要があるのかを理解してもらうために、多くの教育コンテンツを開発し提供した。そして投資家がその考えを適切に実践できるよう、ソリューションや投資商品、ファンドへのアクセスを提供した。
現在では CPF や SRS(補足退職制度)に加え、現金、プライベートマーケット、オルタナティブ投資まで、あらゆる資金源からの投資を一元的に管理できるプラットフォームへと進化しており、最先端のテクノロジーとアプリケーションによって、優れたユーザー体験を実現している。
競合他社の多くはロボアドバイザーとして、自社のアルゴリズムが優れていると主張するクオンツファンドなどの商品開発に注力しています。しかし私たちにとって重要だったのは、顧客と関わり、アドバイスを提供し、信頼を獲得して関係を構築すること。顧客が正しい方法で投資できるよう支援し、生涯を通じて伴走することです(Sam氏)。
同社が差別化要因として挙げるのは、ビジネスモデルの違いだ。多くの競合が ETF に注力する中、Endowus は機関投資家向けにあえてユニットトラスト(投資信託)に加えて、CPF や SRS といった公的制度を通じて積み立てられる個人の退職資金の運用に取り組んでいる。
株式取引は顧客獲得やスケールが容易ですが、私たちは意図的にそこから距離を置きました。取引ベースで変動の大きいビジネスを避けたかったからです。ファンドと年金を選んだことで、他社にはないモートを築いています。年金はEndowusだけが手掛けるユニークな領域で、シンガポールの CPF と SRS に対応する初のデジタルアドバイザーです(Sam氏)。
顧客の行動変容がもたらす低い解約率
同社の特徴的な強みが、極めて低い解約率だ。コロナ禍、2022年の弱気相場、今年4月の市場急落など、市場が大きく変動する局面でも、顧客は毎週、毎月着実に投資を続けているという。創業以来7〜8年間、月次ベースはおろか週次ベースで純流出を記録したことは一度もない。
私たちは顧客の投資に対する期待値をしっかりとすり合わせた上で、投資方法をより良く理解してもらうよう努めています。そして投資を始めた後も、信頼できるアドバイザーとして寄り添い、助言を続けます。すると顧客の行動が変わります。取引ベースで短期的・戦術的な視点から、戦略的でゴールベースの投資へと変化するのです。『どう投資するか』よりも『なぜ投資するか』に焦点を当てることで、顧客と Endowus の利害が一致し、信頼に基づいた長期的な関係が築けます(Sam氏)。
同社のビジネスモデルが機能している証左として、Sam氏は2つの数字を挙げる。顧客に創出した純利益10億ドルと、手数料として他社比較で顧客が節約することができた約3億ドルだ(この3億ドルは、他社と同じビジネスモデルだとEndowusの売上となったものである)。運用資産残高100億ドルのうち10億ドルが実際のリターンから生まれており、顧客満足度の高さが長期的な関係維持につながっている。
従業員も株主として経営に参画
同社の組織文化について聞くと、Sam氏は4つの要素を挙げた。
第一に、ミッションとビジョンへの共感だ。シンガポールでは金融業界が最大の雇用主であり、優秀な人材プールが存在する一方、大企業での働き方にフラストレーションを感じる人も多い。Endowusは会社の理念に共感する人材を採用することで、仕事への情熱を引き出している。
第二に、高い権限委譲と説明責任、フラットな組織構造だ。オフィスには個室がなく、Sam氏自身も専用デスクを持たない。誰でも好きな席に座れるオープンな環境が、効率的なコミュニケーションと機動的な意思決定を可能にしている。
私には個室もありません。専用の席すらない。不在時には誰かが私の席を使っても構わない。この権限委譲と説明責任、フラットな構造が、非常に効率的なコミュニケーションと素早い動きを可能にし、アジャイルな性質を生み出しています。能力があり、情熱があり、権限を与えられ、説明責任を持つ人材がいれば、高いパフォーマンスを発揮するチームができ、個人が役割の中で成長できます(Sam氏)。
第三に、オーナーシップマインドだ。Sam氏と Greg 氏は意図的に従業員を事業のオーナーかつ株主として迎え入れている。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの投資銀行、マッキンゼーなどのコンサルティングファーム、そして資産運用会社——歴史上最も成功したパートナーシップ型ビジネスは、成長への最大の貢献者が事業のオーナーであることで繁栄してきた。
当社では単に株式を無料で配るのではなく、従業員が自分のお金で株式を購入することを奨励しています。長年在籍するシニアメンバーのほとんどが、自分の貯蓄から会社の株式を買っている。オーナーのように振る舞うのではなく、実際にオーナーなのです。このオーナーシップマインドセットは非常に強力で、他社との真の差別化要因になっています(Sam氏)。
第四に、顧客中心主義の徹底だ。同社のビジネスは顧客がすべてであり、他のパートナーや新規事業に頼ることはできない。人材採用もテクノロジー構築も、すべては顧客により良いサービスを提供するためだと Sam 氏は強調する。
日本市場への期待と課題

今後の成長について、Rhee 氏は複数の追い風を挙げる。長期的に上昇する金融市場、アジアにおける資産の増加と次世代への富の移転、デジタルトランスフォーメーションの加速、そして年金市場の拡大だ。同社はこれらすべてのトレンドに対応するポジションを築いている。
現在はシンガポールと香港を拠点としており、香港では顧客数が前年比150%成長、資産は3倍に増加した。今後5〜10年で他のアジア市場への展開を見据えている。
日本市場についても、Sam氏は大きな期待を寄せる。
日本は今、変革期を迎えていると思います。過去数十年間多くの課題に直面してきましたが、それらを正しい方法で解決しようとしている。それが市場リターンにも反映されています。2023年は好調で、2024年には少し停滞しましたが、昨年から回復してきています。構造上の課題は依然として残っているものの、成長機会は確かに存在しており、日本国内には潤沢な資金があります。バリュエーションも加熱しておらず、日本が好調にならない理由はないと思います(Sam氏)。
一方で、日本市場特有の課題も認識している。
日本市場は非常に難しい市場でもあります。新規参入者や変化を容易に受け入れない市場であり、顧客獲得やビジネスのスケールにかかるコストも高い。商品、オペレーション、テクノロジー、インフラ、規制など、あらゆる面で強力なパートナーシップが必要ですが、どれも簡単ではありません。おそらく多額の資本投資と、人材面での多大なリソースが必要になるでしょう。今の私たちには少し早いかもしれません(Sam氏)。
MUFG によるWealthNaviの買収については、非常にエキサイティングな動きだと評価し、いつかEndowusもMUFGグループとのパートナーシップを通じて日本市場に参入したいと語る。
同社は2023年8月にMUIPから出資を受けており、シンガポールおよび香港での事業展開を加速させている。Sam氏は MUIP との関係について、顧客や従業員と同様に株主との間でも期待値の一致が重要だと強調する。
MUFG および MUIPとは、戦略、時間軸、ビジネス理解のすべてにおいて、他の多くの金融機関と比較した中で最も強く方向性が合致していました。戦略的な支援や有益なネットワーク構築において非常に迅速かつ的確な対応をしてくれたため、私たちとしてもアイデアをぶつけ、戦略を共有することができましたし、それに対して質の高いフィードバックや深い洞察をくれる投資家だと感じました(Sam氏)。
2年で即座にリターンを求めるのではなく、7年、10年かけてビジネスを構築していくという長期志向を共有できる株主の存在が、同社の成長を支えている。
ゼロから1への立ち上げが最も難しいとよく言われますが、1から10への成長も同等か、それ以上に困難でした。そして次は10から100。ここからが楽しみです(Sam氏)。
新商品、新ソリューション、新たな資金源、新しい市場セグメントを積み重ね、アジア全域でのさらなる成長を目指す同社。日本市場参入の日が、いつ訪れるか注目したい。